何だか旦那にイライラしてしまう。心が満たされない。
私ばかり我慢している。
自分でもなぜこんなにイラついているのかわからない。
そんな私が、ある事をきっかけにイライラが収まり心が楽になったというような、人生が変わる大きな気づきがありました。
その際の気づいたきっかけや、私が大切にしている考え方を一体験談として書き記しておこうと思います。
イライラが解消され、自分の心が満たされると心が楽になり、自分軸で生きていけ、他人に優しくなれる、そんな気がしています。
不平不満でイライラしてばかりの日々
結婚を機にフランスへ移住。昔から憧れのあった海外生活。
始めの頃は新しい生活に充実感を抱いていましたが、
出産を機にビザの関係もあり仕事を辞める事になり、パリ郊外に引越しをしてから、風向きが怪しくなっていきました。
特に2人目の子どもを妊娠した辺りから、徐々に不満が募っていきました。
フランスで自分の好きな事を仕事にしている私の旦那は、好きな事に全ての労力を使う。
母親である私は、全てが子ども優先の時間配分になり、子どもと公園に行くからと好きな洋服から遠ざかり、
いかに安くやりくりが出来るかを一生懸命考え、好きな趣味もせず、好きな音楽も聴かず、自分の事は後回し。
今、与えられた環境の中で最善を尽くす。
そう考えていました。
私はこんなに一生懸命我慢をしているのに、
旦那はこんな時間まで好きに寝て、値段を気にせず好きな食べ物を買い、好きな事に労力を使う。
いつしか不平不満が溜まっていきました。
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「何だかイライラする私」が気づいた大切な事
そんなある日、旦那と話しをしている最中に衝撃な出来事がありました。
旦那は日々、「自分がやりたい事」をやって生きているので、
私が「やりたい事を我慢している」という事に気が付いてなかったんですよね。
私が好きで健康的な食事をし、
好きでヒールからスニーカーに変え、香水もやめ、
激しい音楽を聴かず、夜更かしもせず、ジャンクフードを食べたくないから食べないのだと。
そう思っていたんですよね。
だって彼は常に自分がやりたいと思った事を行動するから、私の行動もそうであって然るべきだと思っていたのです。
そして彼と話をしていて気が付いてしまったんです。
勝手に完璧を目指し、頼まれてもいないのに我慢して「子ども優先」を周りに押し付けている事に。
そしてその「私だけ我慢している感」が無意識に不機嫌として放出されている事にようやく気がつきました。
それって全て 「私が勝手に作った良い母親像と良い妻像」だったんですよね。
別に母親でも妊娠中でも、好きな服を着ても良いし、好きなものを食べても良い。
好きな音楽を聴き、やりたい事をすれば良い。
人って「自分ばかり我慢している」と思うと、他人に嫉妬したり、羨ましく思ってイライラしたりしちゃうんですよね。
私ばかり我慢している = 私は我慢せずにやりたい事をすれば良い
そして、好きに生きている旦那を見て、目から鱗が落ちました。
「自分の心に正直に、好きな事をしている人は不平不満が無い。」
なんなら、好きな事をさせてもらってありがとうと感謝の念まで持ち合わせている。
ああ、そういえば彼はいつも言っていたなと。「やりたい事をやれば良い」って。
「欲しい服があるけど高いんだよね~」と話すと、「高くても欲しいものなら買えば良い。」
自分がやりたい事を実現させる為に、そこに目標を定めて行動する、実現すべく思考する。んですって。
「好き」や「やりたい」をとても尊重するんですよね。
「やりたくない事はやらなくてよい。やらないでも良い環境や状態を作り出せば良い」と。
とかね、その時は思っていたんですけど(笑)
でも、その日を境に確実に変わっていったんですよね。
例えば、それまでは家族の中で一番早起きして朝ごはんを準備して・・・と(私の母親がやっていた事)をやっていたのですが、
朝寝坊しても実は誰も困らないし、旦那が朝ごはん作っていたり。
そして、私は彼に「ありがとう」と素直に言える。
私が先に起きて朝ごはんを準備していた時には、「こんな時間まで寝てていいよね。」と嫌味に思っていた私(笑)
実は朝が苦手で、休みの日は朝寝坊したかった~。
自分のやりたい事をやらせてもらえると、
私も朝寝かしてもらったから、次は旦那は朝寝坊して良いよ。とか、
相手の「好き」ややりたい事を尊重できるようになるんですよね。
こういう「やりたい事」をお互いで共有して尊重する事で、心が一気に楽になりました。
私は一体何にとらわれ、何を頑張っていたんだろう・・・・
「自分のやりたい事を尊重する」事で相手への許容が生まれる
しかも、そこから数年が経ち、気が付いた事。
自分自身を解放し、自分の欲求を尊重したその分だけ、
他人を尊重し受け入れられるんですよね。
受け止める器が大きくなるというのか。
今は3人の子どものそれぞれの
「自我」
「やりたい事」
「好きな事」
をやらせてあげられる事が、少しずつですが前よりも出来るようになってきました。
どうしても苦手の食べ物がある長男。(私は子どもの頃は絶対残しては駄目という教えだったのですが)
食べられないものは食べられない。しょうがない。尊重。
自分の段取りで着替えや歯磨きをしたい次男。尊重。
習い事も自分のやりたい事しかやりたくないので、何もしない長女。(自分が習い事だらけで育ってきたので、子どもの才能を見つける為にも色々と習わせたいなと考えていたのですが、)
やりたくないならしょうがない。尊重。
心霊や病気や生死の話が苦手な長女の前では、絶対にその話をしない。(これは家族の決まり)
相手の嫌な事はやらない。尊重。
こうやって、子ども達も尊重される事で、尊重する事を学ぶ。
当たり前の事なのですが、35年間ほど私はそれが出来なかった(笑)
最近は、疲れたら「ママ体調悪いからソファーで休む、後はよろしく」とか言って寝込むと、ブランケットを持ってきてかぶせてくれて、
普段はしないお片付けも自分達で考えてしてくれるようになったんですよね。
こうやって自分が出来る事と出来ない事を把握し、人に甘えると、案外みんな役に立ちたいと責任感をもって自主的にやってくれたりする。
以前は、全部自分が背負い、これ片付けて!宿題やって!早くして!とイライラして、せかしてばかりいたのですが、
今はどうしても疲れた、やりたくない。そういう時は休んでも良い。無理しない。その方が周りも活きる(笑)
そういう時に思わぬ子どもの才能を見つけたりしてね。
まずは、自分が自分に課せる「とらわれ」に自分自身で気が付き、解放してあげる。
本当は私は何がしたいのか、どうしたいのか、心に問いかける。
自分の本当にやりたい事を、ただただ尊重し、やる。
それを小さな事からでもいいから繰り返していると、その感覚が掴め、その結果自分の心も満たされていく。
そしてその先には、「他人のやりたい事」を以前よりも(理解は出来なくても)尊重出来るようになる。
ああ、楽だ。なんて楽なんだ。
自分の価値観を知り尊重するだけで、イライラが徐々に消え、心が軽くなり、
その先には他人の目や評価が気にならなくなり、自分軸で生きていけるようになる。
この視点早く知りたかったな~と思いつつも、
「今日が人生で一番若い日」。
よし、これからより自分の人生を楽しむぞ!
バッチリ化粧して香水つけてお洒落して外出したいし・・・・皆の健康を思って食事を気を付けているけど・・・