親が出来る事なんて限られているのかなと感じた日々

親が出来る事なんて限られているなと感じた日

せっかく我が子の才能や気質を見つけても、本人がやりたくない事をさせるわけにもいかない。

親や周りの大人が「本人の為を思って・・・」と思っている内は本人の為になっていない場合もある気がする。

子どもの自主的な「学び」や「気づき」を奪ってはいけない。

親が出来ることなんて限られているのかな~と感じた日々の話。

「発達段階に沿った効果的な学び」はやはり有るが…

20代で幼児教育に関わってきた私は、実際に3歳~中学生までの生徒たちとその親御さんとほぼ毎日関わりながら、

子どもの発達段階についての本や論文を読み漁り、良いと思ったものは実践し、検証し、そこでの経験から、子どもを取り巻く環境について自分なりの理論を持っていました。

多くの子ども達と接していると、明らかにそれぞれの飛び抜けた気質や個性が見えてくる。

この個性を上手く磨けばこの子の強みになる事間違いなし!

そうやって、いつか自分が子どもを持つ時には、こう育てたら上手くいくかもしれない!というような理想を持っていました。

例えば、英語や音楽は3歳頃から楽しみながら環境を作る。

身体能力を鍛えるならば、床運動と水泳から。体の基礎が出来上がったらその後にその子の特質を見ながらやりたい事に進めばよい・・・・など。

「可能性を広げられるように、その子の特質を見抜いて最善な環境を作るべし!その為には色々と経験させて本人に合うものを見つけよう」

 

それが、海外に移住し、価値観がすっかり変わってしまいました。

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「やりたくない長女」と「可能性を見つけたい親」

長女の子育ては、やはり母親業1年目という事もあり、

そして私自身多くの習い事を小さい頃からやってきたという経験もあり、張り切って色々な体験教室に通いました。

地域の公民館で実施される体操教室や音楽リトミック教室に登録するも、長女は驚くほど乗り気ではない(笑)。

音楽に合わせて歌ったり踊ったり、

家ではよくやるのですが、いざ教室で先生と仲間と一緒だと途端に内向的になり、保護者席で見ているだけ。

同年代の仲間たちとの体を使った遊びにも興味なし。

慣れてきたら楽しくなるかも。

やっていくうちに好きになるかも。

そんな思惑も空しく、

「行きたくない」「やりたくない」という長女の言葉。

彼女にとってはこの時間は苦痛の時間らしい。

 

これ以上親が押し付けるものではないな。

 

募集人員に並んでまで獲得した権利で、しかも人数制限で外れた子もいる申し訳なさもありつつも、

ここは彼女の想いを尊重しよう。

始めて3か月ほどで全て行かなくなりました。

楽しさから「学ぶ」を自分で手に入れる

子どもは自然の中で勝手に学びの種を育む